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本郷 アメリカがでっちあげた「バターン死の行進」についても、この本で取り上げていますね。
溝ロ アメリカが焚書にした本というのは、当然、アメリカにとって都合が悪い本なわけです。そのひとつに日本人が書いたフィリピンにおける従軍記がある。「バターン死の行進」をつくりあげるのに、これらの本が邪魔だった。ウソがばれるからです。
本郷 溝口さんは、焚書本の『比島従軍記南十字星下」(向井潤吉著、昭和十七年)を、地方の図書館で探し当てたそうですね。
溝口 この本を見つけたときが、今回の執筆における一番のハイライト場面ですね(笑)。
『比島従軍記南十字星下」には、「投降の敵将校に紅茶の接待」という、アメリカ軍
将校に紅茶をふるまっている場面を撮影した写真が載っています。その写真を見ると、米兵はまるでピクニック姿ですよ(笑)。軽そうなリュックを背負ってい
る。同じ行程を護送のため歩いた日本兵は、背嚢を背負って、銑を担いで歩いているんです。また、同じ本には「診療を待つ捕虜の列」という、野戦病院で診療
を待つ捕虜の列を撮影した写真もあります。捕虜の体を気遣っているのがよく分かります。これらは米軍の一部の部隊に向けた対応かも知れませんが、日本軍は
米兵を丁重に扱っていたんです。この事実はもっと知られるべきです。

うんうんと頷きながら一気に読みました。
また、火野葦平らが書いた『比島戦記』(昭和十八年)にも面白い写真が載っています。「海水 浴をする米兵捕虜」と解説された写真があるんですが、行軍途中、近くの海岸で捕虜たちがくつろいだ様子で海水浴をしているんです。これはつまり、行軍中に それだけの余裕があったということ、また日本軍がそれを許していたということです。
戦後GHQが 裁いたように、日本軍が、多数の死者を出すような過酷な行軍を捕虜たちに強要したとは到底思えません。他にも、「敗戦も物かはポーカーに興ずる捕虜」 (『コレヒドール最後の日」、昭和十九年)という写真も存在します。参謀長としてバターン作戦に従事した渡辺三郎氏(陸士三十期)は、「つくられた”死の 行軍”」(『昭和史研究所会報」第六十七号、平成十四年)のなかで、次のような回想を残しています。
捕虜は、第一線からサンフェルナンドまで徒歩で行進し、そこから汽車で、オードネルに送ら
れた。この徒歩行軍が「死の行進」と宣伝して騒がれ、本間将軍抹殺のキャッチフレーズであ
る。
このとき、護送に当った日本兵は背嚢(はいのう)を背負い、銃をかついで歩いたが、捕虜は
水筒一つの軽装であった。全行程六十五キロあまり、それを四、五日がかりで歩いたのである
から、牛の歩くに似た行軍である。
夜は肌寒さを感ずることがあるので、日本兵は彼らのために焚き火をし、炊き出しをして食事
を与え、それから自らも食べるという苦労を重ねたのであった。
これを「死の行軍」と呼号することは、軍人のいうべき言葉ではなく、同じく行進をした護衛役
の日本兵に対する侮辱であり、戦場ないし作戦の実相を無視したものである。

(画像は歴史通9月号から、下の写真も)
投降兵のなかには、米軍とともに戦ったフィリピン兵も交じっていましたから、彼らも同じ行程を行軍しています。彼らも海水浴をしたでしょうね。また、バターン攻略戦に参戦した山田光治氏(京都第十六師団司令部部員、一等兵)の書いた『初年兵の初陣覚書』(平成十八年、私家版)には、次のようなエピソードがあります。
戦争終結と共に、野から山から湧き出て来た米比軍の元気で陽気な姿というものは、まるで
オリンピツクが終了した後のピクニツク気分の行進のようなもので、およそ捕虜などという陰蟹
な姿ではなく、どうしてあれが「死の行進」になったのか、不思議でならない、捕虜の護送といっ
ても、百名か百五十名に一人の日本兵が監視兵として一緒に歩いているだけであり、しかも道
路の両側は、同じ民族のフィリピン人である。
逃げようと思えばいくらでも逃げることができる。マリベレスに立て籠もっていたという七万か
八万の米比軍中、目的地のオードネル捕虜収養所に入ったのは五万四、五千人であり、その
差が行進中に亡くなったなどとは、到底考えられない話である。
米軍はバターン半島のマリベレス周辺で降伏しました。日本軍はそれらの捕虜を一度東海岸
のバランガヘ集めた。その道のりは四十キロぐらいです。おそらく、捕虜が海水浴をしている写
真は、ここで撮られたものではないでしょうか。そしてバランガから、目的地である鉄道の駅が
あるサンフェルナンドまでは六十キロぐらいです。およそ百キロの距離を、五-七日かけて歩い
た。戦後アメリカは、「バターン死の行進」と断じましたが、いったい米兵はどれだけ弱々しいの
か。

本郷 ジャーナリストの笹幸恵さんが、同じ行程を実際に自 分の足で辿っています(「バターン死の行進女一人で踏破」=『文塾春秋」二〇〇五年十二月号)。彼女はこの道のりを四日間かけて歩き、「栄養失調気味の私 ですら踏破できた」と感想を述べています。決してばたばたと捕虜が死んでいくような過酷な行程ではなかったんです。
溝口 「バターン死の行進」が「あったあった」という人は、『比島従軍記南十字星下』や笹さんの本を読んで、それから発言してほしいですね。
本郷 世界に通じる藤田らの日本の「戦争名画展」をどこかが主催しないものでしょうか。
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